2009年3月9日(月) 走行220km
京都北山=大原・百井・大見・尾越 と
旧花折峠〜横谷トンネル〜畑の棚田〜白鬚神社〜琵琶湖岸
AT:京都市・大津市・高島市
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自宅出発9:30、目指すは京都北山「八丁平」湿原。
旧東海道をひたすら西進。
画像は石部宿付近です。
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生まれて初めて琵琶湖大橋を原付で渡りました。
何か高速道路に迷い込んでしまったような錯覚です!
料金はこれまた安く、たったの¥20!!!
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京都に入ってまずは大原を徘徊。
ここは大原温泉と言って、寂光院のすぐ近くです。 |
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寂光院入り口のすぐ手前です。
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大原から鞍馬に至る途中、江文峠というのがあります。
信仰の山、金毘羅山の南側の登山口です。
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酷道477号の代表格、百井別れの標識。 |
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百井別れです。
「大型車両通行禁止」の標識がありますが、無雪期にも積雪期にもマイクロバスで、大原小出石町方面は走破したことがあります。
ここから右へ入って、百井方面へ。
私自身、ここは京都3大急勾配道路だと思っています。
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途中は酷道らしく、コンクリート舗装部分も・・・
それだけ勾配が急、ということでしょう。
完全1車線が続きます。 |
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百井峠頂上です。
標識には「百井峠 10m先の林道です」と書かれています。
決して「国道」とは書かれていません!
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集落手前に「百井青少年村」という、キャンプ場があります。
この時期は無人でした。
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集落の一番手前のお宅、というか工房? です。
お面のような陶芸品が外にいっぱい飾られていて、一種異様な雰囲気が。 |
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この山間集落で一番大きい百井(ももい)集落の中心部です。
幼い頃の記憶では、中央左端のお宅がこの集落唯一の民宿兼商店だったような・・・
いまでは普通の民家となっていました。
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これから向かうのは更に山奥、「大見・尾越」です。 |
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廃校になった大原小学校百井分校です。
1991年春に廃校となったようですが、その年月を考えると、状態は良かった。
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百井から2kmほど進んだところ、通称ヒノコと呼ばれるところで右の枝道を進むと、まもなく工事現場に。
工事用の柵の向こうは、突然山の中に現れる、工事途中で中止された2車線の高規格道路です。
かつて京都市が大見地区に公園という名の下、廃棄物の最終処分場を計画した時に作られ始めた道路である。
現在計画は頓挫し、作りかけの道路は放ったらかしの状態になっているが、再計画の動きも・・・
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ヒノコから枝道を入ると、500mほどで未舗装に変わり、京都北山修道院村にたどり着きます。
このような立派な建物が2棟。
やはり俗世間をはなれた、こういう山奥に作らないといけないのでしょうか?
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工事の鉄柵へ戻り、1mほどあいた隙間から中へ入ります。
入るとすぐにこの立派な橋。
平成2年5月竣工とありますが、この奥の道路部分自体は昭和50年代後半にはすでに着工されていました。
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昭和の負の遺産!
ミタニ峠に至る登山道の別れ付近です。 |
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1kmほどで唐突に終わってしまう道路。
おそらくはここからトンネルで、三谷の林道〜R367へ繋げる予定だったのでしょう。
30年も経てば、かなり荒れた状態でした。
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ヒノコの分岐点に戻り、左を取って大見へ向かいます。
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橋の多くは3tの重量制限が・・・
2t車すら積荷半分でないと通れないということか?
なら、引越しやこの奥に作られた住宅等の物資はどうやって運んだのか?
実際は5tくらいのトラックは通っているはずだが・・・ |
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そして山中にも突然2車線区間が現れる。
これも先ほどの未使用道路と同じく、昭和の遺産でしょう。 |
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集落手前で周辺が開けてきた頃、突然未舗装に変わります。
この先集落の一番手前はお墓です。 |
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お墓を越え集落の手前から再び舗装され、集落の一番手前に学校跡の建物があります。
昭和48年に閉校されたようです。
校庭には朽ちた百葉箱が。
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校庭の一番端には有名になった、「ジャングルジムの大木」が。
この木はジャングルジムの真下に根を据え、うまくその間をすり抜け、まっすぐ伸びています。 |
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広い大見の空き地。
ここ大見〜尾越周辺には不法投棄が多く、特に車が目立ちます。 |
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大見集落を越えて突き当たりを左折し、大見尾根方面に向いたところ。
立派なお宅が残っています。
標識には「この先車両通り抜け出来ません」と。
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なるほど許容重量0.5tの簡易橋が。
次回雪のない頃、大見尾根は制覇しましょう。
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大見集落で見た、放置車両群。
懐かしい車が多いですね〜 |
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尾越(おごせ)集落に入りました。
かつて訪れようとした時は、大見から先がまだ未舗装で、諦めて帰ったということがありました。 |
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これも尾越では有名になった公衆電話の看板のある建物です。
この建物自体は公衆電話ではなく・・・
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左奥のお宅の中にそれはあるようでした。
しかし、もう誰も住んでなくて、看板だけが時代に取り残されている雰囲気・・・ |
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尾越最奥の建物、尾越カントリーレイクです。
ここは冬期休業ですが、フライフィッシング専用池のようです。
ここまでは除雪されていました。
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尾越カントリーレイクを越えると自然のままの道に。
この日はゲートのあるところまでは最低行って、八丁平湿原を歩こうと思っていたのですが・・・
バイクをこのあたりに置いて、歩き始めます。 |
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さすがにこれではバイクは無理。
雪が締まっていれば走れなくもないのでしょうが、歩いててもズボッと時々はまってしまいます。 |
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この時期名物の倒木です。
まだこの冬期、車両が入っていない証です。 |
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京都山城高校の山岳小屋のようです。
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フジ谷峠という登山路の別れです。
八丁平へはどちらからも行けるようです。
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2km近く歩いたでしょうか?
これが二の谷管理舎の、噂のゲートです。
冬期間中はなんと、ゲート全開でした!
といっても誰も車両で入らないと思いますが・・・(笑)
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敷地内にはトイレもありました。
敷地の一番奥まで来て、本日はここで終了、引き返します。
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尾越周辺の放置車両群! |
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ヒノコ〜百井で見つけた、枯葉に埋もれた軽トラ。 |
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百井から前が畑峠の急坂を降りて、大原小出石町へ来ました。
ここまで来るともう2車線です。
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国道367号線滋賀京都の府県境、通称途中越えです。
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北上し、花折旧峠を進みます。
入口はチェーンが張ってありました。
ここは最近舗装されたような感じがします。
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途中落ち葉がすごく、路面の見えないところもあります。 |
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この日の再難関!(笑)、松の倒木です。
チクチク刺さりながら、横をすり抜けます。 |
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峠頂上は普通の切通し。
石碑がありました。
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峠の下りも一部落ち葉状態、しかも川のように水が流れています。 |
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峠を降り、小学校のある中村集落です。
八丁平の東の入口にもなります。
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葛川梅ノ木町です。
次回は左へ行ってみよう!
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安曇川の清流です。 |
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鵜川村井林道の分岐点です。
分岐点には「朽木フィッシングセンター」の小さな看板がありますので、見落とさないように。
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朽木フィッシングセンターです。
子供が楽しめそうな施設です。
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林道自体は狭くなく、概ね1.5車線ですれ違いは可能です。 |
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本日最大の脅威です! |
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大きな落石で、軽自動車くらいは通り抜けられるか・・・?
いずれにせよ行政の車は未だ入っていないようです。
先が思いやられます。 |
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北斜面はこんなところもしばしば。
果たして通り抜けられるのか、不安になってきました。 |
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そうこうしているうちに、トンネルが見えて一安心。 |
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これが噂の横谷トンネル。
何が噂って・・・?
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ご覧のとおり、証明が全く点灯されていません。
しかもトンネルの朽木側がカーブしていて、それを越えると全くの暗闇です。
しかも異常に空気が冷たいではありませんか・・・ |
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トンネル中央近くの待避所です。
← ここで後ろを見たらゾッとしました。漆黒!!! |
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トンネル内の朽木側には落書きが多数されていました。
よくないことなのですが、芸術的なものも・・・ |
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走行しながら撮りました。
出口は高島町側です。 |
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高島側の出口です。
噂どおりの強烈なトンネルでした。
冷気を感じる二輪で、是非お試しください。
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畑地区を上から見下ろせるスポット。
ここは棚田で有名なようです。
撮影スポットはこの近所にあったようですが、今回は下調べもせず、ただの田んぼの写真が撮れただけです(笑)
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電気柵の注意看板が・・・ |
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基幹林道の谷側(畑地区側)には、この電気柵がずっと張り巡らされています。 |
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畑地区の棚田ですが、この時期行っても風情なし! また次回晩春あたりに。
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旧高島の町に出て、国道を帰るのはつまらないし、少々怖い部分もある。
ということで、脇道を走ることにしました。
で、ここは廃線になった江若鉄道の軌道跡だと思われます。
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白鬚神社の湖に立つ鳥居です。
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湖岸沿いの県道を行きます。
正面は湖西線志賀付近。 |
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木戸付近の湖沿い。
この先、蓬莱駅付近で一旦国道に出てしまいます。
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